イマーシブ・オーディオは、音を立体的に再現することで、その場にいるかのような空間体験を提供する音響技術です。
試聴者からは、「包み込まれる感じ」「奥行き」「迫力」「感動」といった感想が多く寄せられています。2020年に実施した試聴会のアンケート調査で、イマーシブ・オーディオの特徴を表す言葉を聞いたところ、「臨場感」「包み込まれ感」「拡がり感」などの言葉が挙げられました。
3Dオーディオの特長として挙げられた言葉
これらは従来の音質評価とは異なり、人が空間や環境をどのように感じるかを表す言葉です。イマーシブ・オーディオの価値は、高音質化だけでなく、新たな体験価値の創出にあります。
また、2017年にイマーシブ・オーディオの応用が期待される分野をアンケート調査したところ、音楽や映像の分野はもちろん、ウェルネス、観光、教育、福祉、住環境などへの応用が期待されていることが分かりました。
3Dオーディオの応用が期待される分野
すなわち試聴者は、イマーシブ・オーディオが生活や環境を豊かにする分野へ活用できると直感したと言えるでしょう。
以下に、その代表的な応用例をご紹介します。
1エンターテインメント分野への応用
空間情報の再現と没入体験
イマーシブ・オーディオの代表的な活用分野は、エンターテインメントです。音楽ライブ、クラシックコンサート、ジャズ、ポップス、舞台、映画、スポーツ、ライブビューイング、配信イベントなど、その用途は多岐にわたります。
これらのコンテンツの魅力は、演奏やイベント内容だけではありません。ホールの響き、観客の気配、拍手の広がり、演者との距離感、会場全体の熱気など、その場の空気感が感動を大きく左右します。
イマーシブ・オーディオは、こうした空間情報を表現することで、視聴者により深い没入感を提供します。会場へ足を運ぶことが難しい人にも、従来の配信では伝えきれなかった臨場感と共に「体験価値」を届けることができるのです。
コンテンツ価値の向上
この体験価値は、コンテンツの付加価値向上にもつながります。
2022年に実施した試聴会場アンケートでは、イマーシブ・オーディオ配信に追加で払える料金許容度について調査を行いました。その結果を下記グラフに示します。
現在のサブスク料金に追加して支払ってもよい金額
アンケート結果を見ると、月額サブスクリプション、単品購入のいずれにおいても、多くの人が追加料金を支払うことに前向きであることが分かります。
月額サブスクリプションでは約44%が月額300円以上の追加料金を許容し、そのうち約32%は700円以上、約16%は1,000円以上でも利用したいと回答しました。
また、単品購入では約47%が300円以上の追加料金を許容し、約15%が700円以上、約6%が1,000円以上でも購入したいと回答しています。
これらの結果は、イマーシブ・オーディオが「追加の対価を支払う価値がある」と評価されていることを示しています。
音楽配信や映像配信の競争が激化する中で、この体験価値、すなわちコンテンツ価値は、重要な差別化要因になります。イマーシブ・オーディオは、作品やイベントの魅力を高めるだけでなく、新たな収益機会やブランディングの向上につながる力を持っています。
2ウェルネス分野への応用
音環境をデザインする
近年、自然音や快適な音環境が、ストレス回復や心理的快適性に関係すると研究報告されています。また、空間音響を活用した没入型環境が、心身に与える良い影響についても研究が進められています。
こうした背景から、ウェルネス施設やリラクゼーション空間、医療・福祉施設などにおいて、改めて音環境の重要性が注目されています。
最近、ハイレゾ自然音や機能性BGMを活用したサービスが増えていますが、多くは「音そのものの快適性」を重視したもので、音場空間まで考慮したものは少数です。
自然な音場を再現する
自然環境の音は、本来立体的な広がりを持っています。鳥の声は頭上や遠くの木々から聞こえ、川のせせらぎは奥行きを持ち、風は空間の中を移動します。
ハイレゾ・イマーシブ・オーディオは、「超高域」と「音場」の再現が可能であり、自然な空間を表現することで、単なるBGMではなく、その場の環境そのものをつくり出すことができます。
実際の試聴者からは、「リラックスできた」「心身ともに清々しくなった」といった感想が寄せられています。また、病院関係者から院内BGMへの活用について相談を受けたこともあり、医療・福祉分野での音環境改善への期待を感じています。
ハイレゾ・イマーシブ・オーディオは、ウェルネス施設だけでなく、医療・福祉施設、オフィス、住環境など、人が長時間過ごす空間の音環境を設計する技術として、今後さらに活用が広がることが期待されています。
3観光・地域サービスへの応用
地域の魅力を音で伝える
旅の記憶を形づくるのは、目に映る風景だけではありません。寺社の鐘の音、祭りの掛け声、花火の響き、川のせせらぎ、森の気配、街のざわめきなど、その土地ならではの音は重要な要素です。
イマーシブ・オーディオを活用すれば、こうした地域固有の音風景を高品質に記録し、現地に行けない人にも臨場感ある体験として届けることができます。
観光案内所や道の駅での体験型展示、ホテルや旅館での地域音風景コンテンツ、自治体や観光事業者によるプロモーション映像、インバウンド向け展示などへの活用も考えられます。
音は単なる説明ではなく、「行ってみたい」「体験してみたい」という気持ちを喚起する力を持っています。
実際に、熱海でイマーシブ・オーディオを導入した甘味処「福屋」では、店内で再生された海上花火大会の立体音響に感動した観光客が、後日、実際の花火大会に合わせて再訪したというエピソードもあります。
地域文化を未来へつなぐ
また、地域文化の保存や継承という観点からも重要な役割を担います。
祭りの音、無くなりつつある風習、匠の歌い上げる技芸、職人の作業音など土地固有の音は、地域文化を構成する大切な資産です。しかし、それらは時代とともに変化し、失われていく可能性もあります。
イマーシブ・オーディオによって空間ごと記録することで、映像や写真だけでは残せない「その場の気配」を未来へ継承することができます。文化財、伝統行事、祭りなどの立体音響アーカイブは、地域文化の保存と継承に新たな可能性をもたらします。
地域にいながら文化体験を共有する
イマーシブ・オーディオによるライブ配信は、地域住民向けサービスとしても活用が期待されています。
地方に住んでいるため都市部のコンサートや舞台に行きづらい、高齢や病気、育児や介護などの事情で移動が難しい――そのような人々に対しても、高い臨場感を伴う文化体験を届けることができます。
地域の公民館や福祉施設、ホテル、観光拠点などで都市部のコンサートや文化イベントを共有できれば、地域にいながら質の高い文化体験へアクセスできます。
イマーシブ・オーディオは、観光PR、地域住民サービス、文化アーカイブという三つの側面から、「音の体験」を通じて地域の価値を高めます。
4目的に合わせた音環境設計
イマーシブ・オーディオの効果を最大限に引き出すためには、目的や空間に応じた音環境設計が欠かせません。
同じ立体音響であっても、コンサートの臨場感を再現する場合と、リラクゼーション空間を創出する場合とでは、求められる録音方法や制作手法、再生環境は大きく異なります。 重要なのは、単に立体音響を導入することではなく、「どのような体験を実現したいのか」を起点に音環境を設計することです。
入交イマーシブ・オーディオ研究所では、放送・音楽制作・3Dオーディオ研究で培った経験をもとに、音楽や自然音・環境音のハイレゾ・イマーシブ収録、コンテンツ制作、再生環境の設計・アドバイス、試聴会やデモンストレーション企画まで、目的に応じた最適な音環境づくりをサポートしています。
音環境設計を支える科学的知見
音環境と人の心身との関係については、国内外でさまざまな研究が行われています。
Alvarssonらは、心理的ストレス後に自然音を聴くことで、環境騒音を聴いた場合よりもストレス反応からの回復が早まる可能性を報告しています。(参考文献1)
Greenbergらは、空間音響と没入型3D環境を用いた体験が、ストレスやネガティブな気分状態に与える影響を検討しており、3Dオーディオのウェルネス応用を考えるうえでの先行研究となっています。(参考文献2)
また、城ヶ﨑らは、ハイパーソニック・サウンド(超高周波成分を含む音/参考文献4)が自律神経の調整機能を向上させ、特に加齢により自律神経機能が低下した高齢者において顕著であったことを報告しています。(参考文献3)
こうした研究成果は、音を単なる情報伝達手段ではなく、人の快適性や生活の質(Quality of Life)を支える環境要素として活用できる可能性を示しています。
入交イマーシブ・オーディオ研究所では、こうした研究成果も参考にしながら、自然音や環境音を活用した音環境設計の可能性を探求しています。
参考文献
- Alvarsson, J. J., Wiens, S., & Nilsson, M. E. (2010) Stress recovery during exposure to nature sound and environmental noise International Journal of Environmental Research and Public Health, 7(3), 1036–1046.
- Greenberg, D. M., Bodner, E., Shrira, A., & Fricke, K. R. (2021) Decreasing stress through a spatial audio and immersive 3D environment Music & Science, 4.
- Jougasaki, K., Kawai, N., & Honda, M. (2025) Enhancing the regulatory function of the autonomic nervous system by exposure to hypersonic sound Scientific Reports, 15.
- Oohashi, T. et al. (2000) Inaudible high-frequency sounds affect brain activity: Hypersonic effect Journal of Neurophysiology, 83(6), 3548–3558.
