頭部伝達関数(HRTF)とは何か。人が音の方向を知覚する仕組みと、バイノーラルや空間オーディオへの応用を解説します。
頭部伝達関数(HRTF)とは、音が両耳に到達するまでに、頭部や耳介(耳たぶ)、肩、胴体などの影響によって生じる音の変化を数式で表したものである。
人は左右二つの耳しか持っていないにもかかわらず、音が前後左右だけでなく、高さ方向も含めた三次元のどこから聞こえてくるかを知覚できる。その理由は、音が左右の耳へ到達するまでの間に、頭や耳の形状によって反射や回折が生じ、左右の耳へ届く音に到達時間差、音圧差、周波数特性の違いが生まれるためである。
例えば、右側から音が来た場合には、右耳に届く音に比べ、左耳に届く音は、頭を回り込むため時間遅れが生じ、音の大きさがやや小さくなる。また、耳介の複雑な形状は周波数によって異なる反射や共鳴を生じさせるため、上方向や下方向、前方や後方から到来した音では、それぞれ異なる周波数特性となる。脳は、幼少期から学習したこれらの特徴を手掛かりに音源の方向や距離を推定している。
頭部伝達関数を得るためには、実際の被験者の耳元に超小型マイクを設置し、あらゆる方向から試験音を再生し、耳介、頭部、胸部などの形状によって生じる変化を方向毎に測定する。その測定結果を基に、音源の方向や距離をパラメーターとした、音の周波数特性の変化を表した関数が得られる。
近年では、この頭部伝達関数を利用して、スピーカー用に制作されたマルチチャンネルのイマーシブ・オーディオ音源を、ヘッドホン用のバイノーラル音声へ変換する「バイノーラルレンダリング」技術が広く利用されている。Apple MusicやAmazon Musicなどの空間オーディオ配信サービスでも、この考え方に基づく技術(Dolby Atmosなど)が採用されている。
一方、頭部伝達関数は頭部や耳介の形状によって人それぞれ異なるため、一般的なシステムでは平均的な頭部伝達関数(Generic HRTF)が用いられている。このため、人によっては音像定位や高さ感、前後感などが十分に再現されない場合がある。
この問題を解決する最善の方法は、個人それぞれの頭部伝達関数を用いることであるが、実際の測定は大掛かりでとても大変である。
そこで、耳の写真や3Dスキャンなどから個人専用の頭部伝達関数を推定する個人化(Personalization)技術の研究・実用化が進んでおり、Appleの「Personalized Spatial Audio」をはじめ、より自然で高精度なヘッドホンによるイマーシブ・オーディオ再生が可能になってきた。
